祭りと云うのは、町会や睦の役員さんのボランティアによってできあがっているので、その優劣を云うべきではありません。
とは云うものの、各町会の地域性によって、祭が盛んなところとそれほどでもないところがあるのは、これまでの藪さん動画をご覧になるとお判りになると思います。
この動画で取材した弓弐町会と云うのは、現在は本郷二丁目と云う住所になっているところですが、かつては弓町と云う地名で、白山通りに近い坂下が弓町一丁目、本郷通りに近い坂上を弓町二丁目と云ってました。
江戸八百八町と云われるように、半世紀前の東京オリンピック以降に東京の地名が番号制になる前は、実に多くの町名がありました。落語の「富久」や「黄金餅」の道中付けでは、かつての様々な江戸の町名が登場しますが、それらのほとんどの町名は、現在では存在せずに別の町名に変わってます。
「大工調べ」や甚五郎物に登場する大工の政五郎と云えば、「神田竪大工町(たてだいくちょう)」に住んでたのですがそんな町名はもはやなく、現在では外神田何丁目と云う住所になっていると思います。
神田祭に「竪大工町」の神輿が登場するのかどうかまでは調査してませんが、東京の祭りは旧町会単位でやっているのが多いので、神輿や祭半纏には旧町会名が書かれています。
撮影データ・・・平成30(2018)年9月23日(日)午後三時前 弓弐町会神酒所前