変わり羽子板ってのはいつ頃からあったのだろう?
志ん生が贔屓にしていた深川の蹴飛ばし家の、みの家の一階の特別室に、志ん生がしか芝居(噺家芝居)で忠臣蔵のお軽を演じた時の変わり羽子板が残されている。
と云う事は、少なくとも60年近く前からあったはずだ。流行語大賞とか今年の漢字一字なんかよりはるか前に、その年の話題の人物を羽子板にする変わり羽子板ってのがあった訳だ。
羽子板と云えば、高価なものは正月に実際に羽根つきをするものではなくて、人形屋が作る飾り物です。藪さんが子供の頃に羽根つきをやった羽子板は、7ミリくらいの薄い板で、塗り絵作家の「きいち」などの絵がプリントされてました。
そう云う羽子板は町の駄菓子屋で売られていたもので、羽子板市のようなところで売られるものではありません。
藪さんが混雑の中、あちこちの店の羽子板を見回ったら、今年引退した安室奈美恵さんとか、今年テニスで活躍した大坂なおみさんの変わり羽子板がありました。
ちょっとびっくりしたのは、変わり羽子板にはなりそうもない人の顔があった。日大芸術学部の落研出身で、若い頃から深夜テレビの落語番組をプロデュースしていた放送作家の高田文夫さんです。
彼がやっているラジオのニッポン放送の番組、ビバリー昼ズが30周年と云う事で、ニッポン放送が金を出して作らせた変わり羽子板なのかも知れない。一般の客には見向きもされてないので、本人が買うしかないのか? (^ω^)
撮影データ・・・平成30(2018)年12傑18日(火)午後一時 浅草寺