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Channel: 藪井竹庵
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千両みかん

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 ♪おとぎ話の王子でも 昔はとても食べられない アイスクリーム・・・
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 ちょっと待ってくれ。エスキモーは昔っから、アザラシの脂肪を使ってアイスクリームを作って食べていたぞ。私が子供の頃には冷蔵庫は無かったけれども、冬に雪が降るとドンブリに雪を入れて、それに牛乳と砂糖を入れてかき混ぜて、アイスクリームとして食べていたぞ。

 赤道付近の常夏の島々は別にすると、世界中の国には冬があり冷蔵庫が無かった時代でも雪や氷を利用して、アイスクリームのようなものは作られていたはずだ。日本のアイスクリーム・メーカーには、エスキモーと云う会社名があったはずだ。

 って事で「さとうよしみ」さんが作詞した「アイスクリームの歌」の歌詞はちょっと変だ。だって、一般庶民だって冬場にはアイスクリームに類似したものを食べていたのだから、王子や王女がアイスクリームを食べていない筈はないではないか・・・

 補作詞をするなら・・・♪おとぎ話の王子でも 夏場にはとても食べられない アイスクリーム・・・じゃないのか?

 と云う事で、落語の「千両みかん」のお話。

 日本ではみかんと云うのは冬場の食べ物で、暖かい時期の食べ物ではありません。冷凍冷蔵庫のなかった江戸時代には、夏の土用の暑い時期にはみかん問屋でさえ、みんな腐ってしまってみかんなんかありません。だから、夏場にみかん一個を千両(現代の価値にすると八千万円)で売るってのが、落語の「千両みかん」の骨子です。ケインズ経済学の「需要と供給のバランス」とか「限界効用逓減の法則」に類似する話です。

 この演目は、明和9(1772)年に出版された「鹿の子餅」と云う笑話本にある「蜜柑」と云う一遍を、上方の笑福亭一門の祖である、初代 松富久亭松竹(しょうふくていしょちく)が作ったとされています。松竹は、「松竹梅」や「初天神」や「猫の忠信」や「立ち切れ線香」の作者とも云われています。ですから上方落語の演目で、東京へは戦後に移植されました。

 数多くの現役噺家が持ち根多にし、故人の噺家の音源もたくさん残っておりますが・・・私が思うに、東京落語の「千両みかん」のやり方には疑問があります。

 東京のやり方ってのは、冷蔵庫の無かった時代には夏の土用の暑い時期にはみかんがないので、それを千両で売り付けると云うものです。私はこれに疑問があるのです。みかん問屋は、もしかして夏の土用の最中にもみかんを買いに来るトンチキがいないとも限らないので、みかん問屋の意地として、毎年数十箱のみかんを腐るのを承知で倉庫に囲ってあるんだと思います。

 だから、もし買いに来た人がいた場合は、多少一、二割の色を付けるかも知れませんが、一個数文(一文は20円)で売るはずです。それが専門店の商人の心意気であり、客の足元を見てみかん一個を売るのに千両(八千万円)と云う途方もない値段を吹っかけるはずは無いのです。

 以下の、上方版の米朝さんのやり方をお聴きいただくと、何故みかん一個が千両なのかが判ります。みかん問屋の親方は、何故夏場にみかんを買いに来たのかを番頭に訊ねます。番頭は若旦那が「みかん食べたい病」になって明日をも知れない命だと云います。親方は、腐ってない一個のみかんをタダであげるから、早く持って帰って若旦那に食べさせなさいと云います。

 しかし、この番頭は三つのミスをこの演目で犯すのです。最初のミスは、若旦那が「みかん食べたい病」と聞き出すと、夏の土用の最中でみかんがない時期にも拘らず、みかんを持ってくると安請け合いします。二番目のミスは、問屋の親方がタダでみかんをくれると云ってるのに、船場の大家(たいけ)の若旦那だとか云って見栄を張るので、親方だってみかん問屋の意地として一個千両だと云ったんです。

 この部分を東京落語のやり方と聴き比べてみて下さい。上方落語のやり方の方がはるかにリーズナブルでしょ? 東京落語のやり方だったら、みかん問屋の親方はどうしても欲しい弱みに付け込んだ因業な商人になっちゃいます。でもそうじゃないんですよ。何年にも渡って何千箱ものみかんを腐らせてきたけど、みかん問屋の意地として確保したたった一個のみかんをタダでくれる温情ある商人なんです。

 バカな番頭が詰まらない見栄を張るから、問屋の親方だってみかん一個が千両と云う意地を張るんです。つまり、こう云う人情の機微を語るのが落語の醍醐味なんです。お判りいただけるかなぁ。この番頭が犯す最後のミスは、残ったみかんを持ち逃げする事ですが、そんなのは枝葉末節だと思います。

映像データ・・・平成3(1991)年7月1日 毎日放送ギャラクシーホール 米朝65歳時

 データ・・・三代目 桂米朝 大正14(1925)年11月6日~ 旧満州大連市生まれ 兵庫県姫路市出身 本名=中川清 出囃子=三下がり鞨鼓 平成8(1996)年 重要無形文化財保持者(人間国宝)顕彰 平成21(2009)年 文化勲章

 ちなみに、5月9日がアイスクリームの日で、11月3日と12月3日が蜜柑の日。

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